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わたしは「摂食障害」です

〜 わたしの価値は、何キロですか? 〜

【 わたしは、90粒の下剤を飲んでいた 】

 

 

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 最初に言っとくと、わたしはこうゆうの書くの好きじゃない。よく言ったねって褒められるのも、なんか違う気がする。公表するのが正しいと思わないし、どっちの方が苦しいかって自慢大会になるのも違う。わたしがこうして書いて周りにしんどさを認めてもらえる一方で、今も誰にも言えず独りで苦しんでる人がいる。言ったもん勝ちは違う。

 それにこの7年間は決してわたし一人で頑張ってきたわけじゃない。わたしのことでわたし以上に苦しんだ人がたくさんいるのに、言うのは無責任なんじゃないかとか。

 

 この何ヶ月間かずっとモヤモヤしてて、今もまだ迷ってる。もしかしたら後悔するかもしれないけど、でも今ゆうことに意味があるから書くことにした。

 

わたしがピンクの下剤を初めて手にしたのは高校1年生のとき。

 

 お弁当3個、おにぎり2つ、菓子パン1つ、クッキー2箱、チョコ1箱、、、これは1食分。小さいのを合わせるとたぶん書ききれない。

 気持ち悪くなるだけ食べて、食べて、食べて、下剤を90粒一度に飲んでた。初めての人なら1粒でさえ、1日おなかをくだして家から出れない。わたしは90粒を毎日のようにすがる思いで飲んでた。他にも全身にラップを巻いて半身浴を5時間したり、真夏に上着を5枚、ズボンを3枚履いて何時間も走ったりした。

 

「普通」に食べれない、わたしは過食症だった。

 

 

 

 中学生の頃の私は問題児で、朝帰りは当たり前で家出もたくさんした。それでも頭だけは普通の人に比べて良かったと思う。

 地元の島を出て、県で一番賢い高校に10%枠で合格した。偏差値は70超え。やらなくてもできるのが、どこか誇らしかった。

 でも高校は寮生活で、島での生活との違いに疲れたのか高校1年生の時40度の熱が1週間続いた。この熱が原因でうつ病になった。うつ病の症状として過食症にもなった。

 

 私は高校3年間のほとんど、学校に行ってない。不登校だった。学校に行ってもずっと保健室。授業に出たとしても、机には何も出さない。テストの日は鉛筆も持たず、60分間ただ1つも塗られていないマークシートを眺めて終わった。

  わたしは、高校3年間の記憶がほとんどない。人はつらいことって記憶から消し去るんだなーって。上にあげたのは高校の友達がゆってたことで、ただ、本当に死にたかったってことだけは鮮明に覚えてる。

 

 ある日先生に呼び出された。卒業できない、と。もちろん、卒業さえ無理なわたしが受験なんて考えられなかった。もうどうでもいいやって思ってたわたしを励ましてくれたのは、周りの人たちだった。

 

 妹と姉と1年ずつ二人暮らしをしてたけど、家事・勉強・部活ってゆうそれだけで普通の高校生より負担があったのに、家ではお風呂にも入らず寝たきりのわたしがいた。でも、どっちもわたしを見捨てたりしなかった。

 東大、京大を目指す人がたくさんいるような進学校だったから、受験の夏はみんな必死だった。でも、わたしの分のノートをとってわざわざ持ってきてくれたり、そんなこと教えてる余裕ないはずなのに、高校1年生の英語の文法を1から教えてくれた友達がいた。

 高校違うのに、毎日のように会いにきてくれた友達もいた。学校が終わると1時間近くかかるのに自転車をこいで会いにきてくれる人もいた。

 

 わたし不登校だったのに、今でも高校時代の友達が超多い。めっちゃ多い。まじで、まじで、本気で、超、だいすき。ありがとう。

 

 受験の数か月前、自分の授業を自習にしてドライブに連れてってくれた先生がいた。超進学校、ありえない(笑)ケーキを買って家に連れてってくれた。「お前はこんなところで終わるような子じゃないでしょ?」って。

  テストは白紙で出して、いつも0点だった。それを泣きながら怒ってくれる先生たちがいた。毎日毎日保健室に通ってくれたり、何も言わずそばにいてくれた先生。

 

 3年生の秋、たしか9教科で250点くらいだった。国語とか英語は解けても、歴史とか生物は習ってないから1桁だった。頑張れなくて、色んな後悔と焦りで毎日泣いて、無理だって投げ出しそうになったけど、それでもわたしが卒業も受験も諦めなかったのは、本当にみんなのおかげ。卒業日数はぎりぎりで足りて、4ヶ月間の受験勉強の末なんとか国公立に合格できた。

 

 卒業式の日、お母さんは気合いをいれて化粧をいつもの倍濃くして、ワンピースを着て準備万端だった。でも、「わたし行かない」って伝えた。

 わたしは高校の卒業式に行ってない。わたし以上に、親が、姉妹が、友達が、先生が、この卒業を本当に喜んでくれてたのに、色んな人のおかげで「卒業」があったのに、わたしは最後の最後で裏切った。

 お母さんが泣きながら「お願いだから」って何度も言うのに、わたしはいけなかった。

 

 大学の卒業式は胸を張って出たい。今までお世話になった人たちに、認めてもらいたい。お母さんに、卒業式に出る立派な姿を見てほしい。 

 わたしは今年、うつ病過食症を完治させるために休学とゆう決断をした。長い長い、終わりの見えなかった7年間を、本当にこれで終わりにしたい。

 

 最近落ち着いてたのに、大切な人の死から不安定になった。誰かに助けてほしかった。ブログや掲示板で検索しても、出てくるのは自殺サイトを見てるみたいな、本当に暗いものばっかり。

  「こんなの見たって、わたしは治らない」もっとお互いにプラスになるような関係がいい。うつ病患者の集いとか、摂食障害の会とか、そんなんじゃなくてもっと普通の女の子たちと繋がれる機会がほしい。

 

 わたしは講演会とかセミナーとかに行けなかった。摂食障害の本とか論文も読んだことがない。そうゆう場所にいる自分にはなりたくなかった。理論じゃ考えられなかった。

 実際摂食障害で悩んでる人の多くは、どこにでもいそうなふつうの女の子。

 摂食障害仲間なんて言葉じゃなくて、1人の女の子として繋がりたい。友達になりたい。

 

 Twitterで専用のアカウントを作ったら、同じような思いを持ってる人がびっくりするほど多かった。

 

 わたしはお医者さんでもなければ、心理カウンセラーでもない。でもSNS上でまだ出会って2週間もしない人たちが、毎日毎日変わっていく。

 5年間過食嘔吐を一度も辞めることができなかった女の子。ここ5日間、一時的かもしれないけど、非嘔吐が続いてる。誰にも摂食障害のことを言えなかった人が、プロフィール写真を自分の顔に変えた。アカウント名が本名になった子もいる。

 今日、摂食障害の人から手紙が届いた。「摂食にならなければ、まほろと出会うこともなかったかもって思うと、悪いことだけじゃないんだなって思った。」

 

 8月8日、9日にはみんなで集まる。サロンとかクリニックとかじゃなくて、お洒落な場所で一番お気に入りの服をきて、1人の女の子として多くの人が集まれるような日にしたい。やろうかなーってゆってまだ1週間経たない。既に50人以上の人から連絡がある。

 

 1人の人として繋がる、それだけで救われる人がたくさんいて、前向きになれる人がいる。わたしはそれを確信してる。繋がるだけじゃ限界があるのも、他の活動を否定したいわけでもない。ただ、わたしにできることをわたしはしたい。

 わたしの強みは「普通の女の子」、それだけだから。

 

 伝えるのに、「文字」は限界がある。無力さを感じて悔しい思いもたくさんした。人は文字の先に1人の人が見えないと、繋がろうってゆう勇気が出ない。 

 わたしが偽名を使ってるうちは、きっとわたしは「過食症の女の子」でしかないし、「摂食障害仲間」にしかなれない。

 

 みんなに1人の人として繋がりたいって言ってるわたしが偽名で、顔を隠してちゃだめだ。みんなに勇気だして会いにきてって言ってるわたしが、わたしを隠してちゃだめだ。みんなと(まほろ)として繋がりたいから、色んな想いがある中で、まずはわたしが勇気を出すことにしました。

 みんなも、いつまでも摂食障害の子でいてほしくない。みんな1人の人!今じゃなくてもいいから、いつか1人の人として認めてもらってほしい。

 

 摂食障害は甘えだとゆわれたことがある。

 たしかに、女の子の誰もが一度は「痩せたい」「綺麗になりたい」って思う中で、わたしだけがこんな風になっちゃったのは意志が弱いからかもしれない。わたしが自分に甘くて、逃げてるだけなのかもしれない。

  でも今や50人に1人がなっていると言われる、摂食障害。完治は難しく、2年までの完全回復は0%、5年までの完全回復は30%、10年の追跡期間で完治は50%しかないともいわれてる。 

 最近は中年男性の摂食障害者も増えてるし、スーパーやコンビニでの買い物なのに1食4000円分の菓子パンやお菓子を食べる女子中学生もいる。

 お金がなくて、食べるものを買うために風俗で身体を売ってる人や万引きや盗みをしてまで食べる人だっている。これらを擁護するつもりはないけど、それだけ「普通」に食べれない人がたくさんいる。

  

 みんなが家族で食卓を囲んでる今も、泣きながら自分の指を口に突っ込んで吐いてる人がいる。恋人との特別なごはんを食べてる今も、耐えられない下剤の痛みを自分の腕をかみながら我慢してる人がいる。友達と楽しくご飯を食べてる今も、太りたくないのに止まらない過食に死を決意する人がいる。

  わたしは世界中の人を助けたいとか、こんだけ苦しんでる人がいるって社会に訴えたいわけでもない。でもまずはわたしが治すことで、わたしが( まほろ )として繋がることで、変わる人たちがいるって信じたい。

 

 この7年間、振返ってみるとあっとゆうまだったかもしれない。7年前のわたしは、21歳の自分なんて想像もつかなかった。

 今日までわたしを支えてくれた、本当に多くの人たちに心からありがとうを言えるように。そして今日もみんながおいしいご飯をおなかいっぱい食べて「ごちそうさま」って言えるように。

 

 7年目の今日6月23日、超イケてる女子大生として、絶対負けずに、諦めずにこの闘いを仲間と一緒に乗り越えることを誓います!!!     ( のべ まほろ )